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恩田怜さんの「丹波楽農日記」(1)

ジュディ&マリーのパパこと恩田怜さん。元神戸市会議員(3期連続)で、NPO法人ヒューマン・ビジョンの会の代表、その他3つも4つも会を運営されている。御年は77歳を超えていると思うが、丹波カルデンを始めてs-008.jpg今年で6年目に入った。始める際に、「月1回ペースかなと」言っておられたが、ナンとナンと、自宅の神戸市垂水から毎週1回ペースで通ってこられる。以下は、恩田さんが同人誌(銀のスプーン)に掲載した「丹波楽農日記」です。

丹波楽農日記(1)      
       有機野菜を作りに丹波に通う

                                 恩 田  怜
                  
 国道175号線明石から北へ一時間ほど走ると、山並みが迫ってきて播州平野に別れを告げる。さらに山あいを流れる加古川に沿って走ると、やがて丹波に入る。水分かれ街道と呼ばれる日本一低い分水嶺を越える。このあたりから川は北へ流れ日本海に注ぐことになる。ほどなく春日の局の里として知られる春日町に入る。インターチェンジの近くで街道から分かれ東へ向かう、やがて峰が三つに分かれた雄雄しい姿の三尾山が迫ってくる。丹波大納言小豆発祥の地と書かれた石碑があり、この一年、春も夏も秋も冬も通い続けた畑がある。
hi.jpg 丹波は昔から京やなにわの食材の宝庫として、いろいろな食材が供給されてきた。マツタケや黒豆、山芋に大納言小豆と枚挙に暇が無い。
 縁あって丹波市春日町東中に三百坪一反の畑を借りることができた。毎日作業しないと満足な野菜はできな、広すぎて一人では手に負えない。八〇キロの道程をガソリンと時間を使って!などの危惧もあった。事実この一年はガソリンが一八〇円にも高騰した時期があった。このような心配の中、丹波という土地の魅力と地元の人々の暖かさに勇気づけられ、健康な間は、とりあえず十年は続けてみよう、八十過ぎまでは健康で頑張ろうと心に決めた。ガソリンの効率化を図るために、毎回どなたかをお誘いすることにした。このようにして松茸は残念ながらできなかったが、土に触れおいしい野菜を作ることが実現した。
   
有機農法
 これまでも数坪の畑で野菜や花を作り、ベランダの小さな温室では四〇年間も洋ランを栽培してきた。しかし、あらためて安全なおいしい野菜を作る勉強をはじめる。『有機農法のコツの科学』西村和雄著を本屋で見つけた。耕さない、農薬をやらない、化学肥料をやらない、草を引かない、私の思いにぴったりの農法である。この本が私の技術者の頭を目覚めさせ、野菜つくりのバイブルとなる。三〇〇坪の畑を耕す体力はない。耕さずミミズやその他の昆虫や微生物によって団粒構造を作るとある、これこれ。輸入食品が農薬で汚染されて問題になっているが、国産でもスーパーへ出すキャベツは四〇回も農薬をかけているというので安心はできない。農薬はやらないことに決める。健康な野菜は病気にかからないし虫もつかないとある。青々とs-010.jpgした野菜は窒素過剰の状態でおいしくないという。化学肥料はやらないで、おからとぬかと大豆あぶら糟を発酵させた「ぼかし肥料」をやれという。草は引かない、草に養分を取られるとて仇のように引くのが一般的であるが、草と共生させればいいという。それどころかレンゲやカラスノエンドウなどマメ科や、えん麦などイネ科の植物を緑肥として蒔くことによって土に窒素分を固定し畑を耕してくれるとある。もっとも草に負けてしまわないように苗の間は周囲の草を引いたり、草の種を周りの畑に撒き散らす心配もあるので草刈りは必要らしい。

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