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恩田・丹波楽農日記(2)

有機農法
 これまでも数坪の畑で野菜や花を作り、ベランダの小さな温室では四〇年間も洋ランを栽培してきた。しかし、あらためて安全なおいしい野菜を作る勉強をはじめる。 『有機農法のコツの科学』西村和雄著を本屋で見つけた。耕さない、農薬をやらない、化学肥料をやらない、草を引かない、私の思いにぴったりの農法である。
この本が私の技術者の頭を目覚めさせ、野菜つくりのバイブルとなる。三〇〇坪の畑を耕す体力はない。耕さずミミズやその他の昆虫や微生物によって団粒構造 を作るとある、これこれ。輸入食品が農薬で汚染されて問題になっているが、国産でもスーパーへ出すキャベツは四〇回も農薬をかけているというので安心はで きない。農薬はやらないことに決める。健康な野菜は病気にかからないし虫もつかないとある。青々とした野菜は窒素過剰の状s-012.jpg態でおいしくないという。化学肥 料はやらないで、おからとぬかと大豆あぶら糟を発酵させた「ぼかし肥料」をやれという。草は引かない、草に養分を取られるとて仇のように引くのが一般的で あるが、草と共生させればいいという。それどころかレンゲやカラスノエンドウなどマメ科や、えん麦などイネ科の植物を緑肥として蒔くことによって土に窒素 分を固定し畑を耕してくれるとある。もっとも草に負けてしまわないように苗の間は周囲の草を引いたり、草の種を周りの畑に撒き散らす心配もあるので草刈り は必要らしい。
 
   春
 三月下旬、じゃが芋を植えることから始まる。種芋を包丁で二つか三つに切って灰をつけて植える。男爵とメークイン百五十株ほどになる。しかし、この日は、山菜とりとして神戸や大阪から三十人近くの方をお誘いしたので畑は早々に切り上げる。四時頃から早い夕食と、ふきのとう、こごみ、せり、雪ノ下やたらの芽、など天ぷらにして食べる。丹波地鶏と牛の角のように太い氷上ねぎが鍋に入る。いつも食べるブロイラーとはちがって噛み応えがあり味が違う。ここでサプライズがある、さきほど山菜取りの時に山のほうでドーンと鉄砲の音が聞こえていたが、まだ体温の残る鹿の肉が差し入れられる。このあたりも鹿が増えて農作物を荒らす被害が多発しているという。さっそく焙って、たたきにしたり刺身にしたり、最初の戸惑いはどこへやら、おいしいのでみなさん全部平らげてしまう。
 四月下旬には近くの高校の園芸部で苗の売出しがあると誘われる。なす、とまと、きゅうり、ブロッコリー、スイカ、かぼちゃ、まくわうり、冬瓜、白瓜など手当たりしだい買ってきて植える、風と虫を防ぐために苗は行灯のように紙で囲うことを教わり、すこし畑らしくなる。
 ひとつ百円もする里芋としょうがを買って植える、里芋やしょうがは水を欲しがる植物なので、雨が降ると水が溜まる南の位置に植える。トマトや西瓜は逆に水を嫌うので北に植え、水を吸収してくれる大豆をコンパニオンプランツとして混植する。
 春の草がにぎやかに生えるようになって草に追いかけられる。草は草をもって制すべしと、マメ科のヘアリ・ベッチやイネ科のえん麦を緑肥として畑一面に蒔く。草は草刈機で短く刈り取ることにする。こうして裸土が露出しないようにする。朝、畑に着くと草の葉先には朝露が光りしっとりと濡れている。s-011.jpg水遣りしなくても湿り気を保つことができ、一年間一度も水遣りをしていない。
 ぼかし肥料は近くの豆腐屋からオカラを、牧場で飼料のヌカをもらいうけ、ホームセンターで油かすを買って、それぞれ三〇キロを混ぜ湿度を四〇%以下に調整をする、それにEM菌の液体をスプレイしてまぜる。ビニール袋に入れて空気を抜き固く封をして寝かす。このように密閉すると腐敗せずに発酵が始まる。三週間もするといい香りさえする「ぼかし肥料」となる。作物の顔色でなく、葉の色を見てぼかし肥料を与える。こうして葉は浅い緑色を保つようにする。これで虫や病気にかからない健康でおいしい野菜になる。人間と同じで窒素過剰のメタボになると病気にかかり虫がつくと西村先生は説く。鶏糞や牛糞は効きすぎるので肥やしにするのをやめる。なすびが肥料食いだというので肥料を多くやると、てき面にアブラムシが着くことを経験する。
 五月になるとさつま芋の苗を植える。秋には芋ほり会をやろうと張り切って一〇〇株ほど植える。ごぼうや大根を蒔き、アスパラガスの苗を育てて植える。アスパラガスは三年かかると聞く。ブロッコリーに青虫がつく、虫取りと収穫は妻の役割となり、丹念に一匹いっぴき取る、この次畑にきた時は丸坊主になっているかと覚悟するが、翌週行ってみると青虫はほとんどいない、蛙や蜂や蜘蛛が食べてくれているのである。
 このころから蛙が増えてくる、畑にカエルがいるとは想像もしていなかったが、小さいアマガエル、中ぐらいのトノサマガエルでいっぱい。草が一面に生えているのと薬を撒かないから餌の昆虫が沢山いるからだろうか。ピーマンの苗を植えていたら植え終えた苗の葉っぱにもうアマガエルがすまし顔で座っている。
 最初は十日に一度くらい通えばと思っていたが、はじめてみると追いつかない。朝十時頃から夕方の五時まで昼の休みを除いて休みなく作業をするが野菜は待ってくれない。楽しさも手伝って週一回畑へ通うことになって行く。野菜やカエルが待っていてくれると思うと一週間が待ちきれない。
 夏も近づく八十八夜と茶摘歌にあるが、三尾山のふもとには古い茶の木が一杯ある。いまはもう茶摘をする人もいない、そこで帰り際に茶の葉を籠に一杯摘んで帰る。家に着くとすぐに蒸して、揉んでは焙烙(ほうろく)で炒って乾燥し、また揉んでと何回も繰り返し、茶の葉を作る。二時間もかかるがいくらもできない、それでも小さい茶筒に一缶できる。ひいき目なのかこのお茶がおいしい。市販のお茶は機械で作るのだろうが手がかかっているのだな、茶の葉もそまつにはできないと思う。
 六月四日は「むしの日」、この日は地元では黒豆を植える日なのだそうだ。丹波のおいしい黒豆の枝豆を夢見て豆を植える。畑の隅では自然生えの在来種のかぼちゃやトマトが元気良く育っている。
  下旬になるとはやくも、じゃが芋、ブロッコリー、なす、きゅうりが収穫でき妻の顔がほころぶ、バンザーイ。三ヶ月で収穫できるとは、土地と自然の力に感謝し三尾山のふもとの神社にお供えに行く。早速じゃが芋を蒸かしてバタジャガで食べる、おいしいなんて表現できない。ねぎが虫にやられる、根元から食いちぎられている。周りの土を注意深く指で掘ると夜盗虫が丸くなって寝ているのが見つかる。
 近くの川で蛍が飛ぶと聞き、農家で夕飯をご馳走になり一緒に見に行く、何年ぶりかで蛍の乱舞を見る。風がさわやかに抜けていった、やがて夏が来るぞー。

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